大人の発達障害。ASDってなんぞや?最近よく聞く大人の発達障害。その症状は見た目からは分かりにくく、よく性格の問題と誤解されることも多いようです。
あなたはキチンと知っていますか?今回は発達障害の中から、ASD(Autism Spectrum Disorder)をとりあげます。
ASDについて
ASDとは
現在、ASDは主に2つの機関によって定義されています。WHO(世界保健機関)とAPA(アメリカ精神医学会)がそれで、それぞれICDとDSMにASDを記しています。最新版はICD10とDSM5ですが、今回はDSM5の定義に従います。
APAのDSM5によるとASDとは、①社会的コミュニケーションおよび対人的相互作用における持続性の障碍➁限局された興味・反復的な行動様式を特徴とする発達障碍とされます。①の特徴はコミュニケーションが苦手、とまとめられると思います。➁は、他の人が関心をもたないような事に関心をもち、ルーティーンを好むということです。
ASDは日本語名を自閉スペクトラム症といいます。スペクトラムという表現から分かるように、ASDは障碍か健常かという二種類の分類ではありません。重度~軽度というように、グラデーションのような概念なのです。ちなみに、ASDは自閉性を示す障害をまとめた包括的な概念でもありますので、アスペルガー障害や広汎性発達障害などはDSM5から記載されていません。
ASDの有病率
有病率は報告によって様々です。ASDの概念は大きく変化しており、過去のデータをどう考えればよいか明らかではありません。またASDの症状が以前よりも広く知られるようになり、医療機関を受診する人が増えたことも考慮に入れなければなりません。よって報告にはバラつきが多いのですが、有病率は1%ぐらいだろうとされています。診断数は増えていますが、絶対数が増えたのではありません。ASDがきちんと診断されるようになったからではないかと考えられています。
ASD者の中には風通の社会生活をしている人が多くいます。外見からは障害の有無が分からないため、様々な不器用さを性格のせいにされがちです。ASD者の多くが生きづらさを感じており、高いうつ病の罹患率の原因となっています。
ASDの特徴
コミュニケーションの不器用さ
ASDにおける特徴の一つはコミュニケーションの不器用さでしょう。ASD者は身振りや声の調子などから相手の気持ちを理解することを苦手とし、相手が伝えたい内容を正しく把握できないことがあります。この理解力の未発達は心の理解だけに見られることが少なくなく、物理法則などの理解は正常の場合が多いとされます。
心の理解力が選択的に未発達であるという事がありえるのかどうかを調べる為、4コマ漫画を用いた研究が行われました。1枚目だけ指定されている、4枚のカードをストーリーに沿って並べる課題です。心の理解力が必要な課題と物理法則を用いる課題合わせて2つのストーリーを作成してもらいます。
結果、心の理解力を問う課題では定形発達者と比較してASD者の成績が悪かったのに対し、物理法則の成績は同じだったそうです。この心に限定した理解力の低さは脳科学の研究とも一致します。脳の前頭葉・側頭葉・内側の深い所は強く結びついており、心の理解を問う課題中に強く活動します。このネットワークは社会脳と言われており、ASD者の不器用なコミュニケーションの一つの原因と言われています。
言葉と衝動性
ASDは言葉の獲得にも影響します。語彙は生後18か月~3歳の頃、爆発的に増加しますが、これは共同注意の獲得と密接に関係しています。共同注意とは、他者と同じ方向を向いて、同じものをみて、感情を確認しあうことを言います。他者が何を見て何を言っているかを理解することは単語の学習には必須です。また、他者の様子からは単語の持つ意味を学習できます。ASD者は共同注意を比較的もたないと言われており、それが言葉の理解が遅れる原因となっている可能性があります。言葉の理解が遅れれば文章理解が当然遅くなります。また難しい言い回しなど、ASD者に特徴的と言われる話し方の一因ともなっているとされます。
ASDは衝動性の原因となっている可能性があります。私たちは何か行動を起こす時、その行動が周りからどう見えるかを一瞬で判断しています。この判断は脳の特定部分―前頭葉背外側部―における実行機能によって行われますが、ASD者はこの機能が上手く働いていないと言われています。実行機能は注意の切り替えにも関係しており、ものごとを様々な観点から見る時に必要とされます。ASDのこだわりの強さは、一つの観点に縛られてしまうことから説明できるかもしれません。
ASDの現在とこれまで
ASDは自閉症など、自閉傾向を中心とした発達障害をまとめたものです。自閉症は1943年、アメリカの精神科医であったレオ・カナーによって報告されました。1950年にはDSMIが出版されましたが、自閉症は独立したカテゴリとはなりませんでした。自閉症という言葉は登場していますが、それは統合失調症の判別基準の一つという位置づけです。
DSMIIになると、自閉症という言葉すら消え、自閉的傾向という位置づけに変化します。これも他の疾患の一症状として紹介されています。
自閉症はDSMIIIより大々的に取り上げられるようになりますが、それには当時の時代背景が大きく関わっています。1973年、DSMIII発刊の8年前、スタンフォード大学の精神医学者デイヴィットローゼンハンは当時の精神医学会における問題点を明らかにするため、ある論文を発表しました。その中では、彼とその仲間が統合失調症のふりをして精神科を受診し、本当に診断を下されたという経緯が述べられています。
この論文は大きな議論を呼び、正確な診断を目指して障碍を細かな症状にわけることにしました。この結果、自閉症は独立したカテゴリを獲得したのです。また、自閉症とそれに似た症状をまとめたPDDという概念も導入されています。
DSMIVより自閉症のバリエーションが増やされていきます。DSMIV-TRからはアスペルガー症候群が加わり、PDDは4つの下位カテゴリから構成されるようになりました。カテゴリの増加は様々な混乱をもたらします。よってDSM5では、自閉症とそれに似ている障碍を2つ抜きだし、ASDと分類しなおしました。
ASDの原因に関する議論も時代と共に変化しています。自閉症を発見者カナーは最初、ASDの原因を遺伝子に求めていました。しかし、当時の主流であるフロイト流精神分析に影響をうけ、カナーの意見も養育環境を重視したものへ変化していきます。家庭環境を重視する意見は社会に浸透し、冷蔵庫マザーという言葉が生まれました。
カナーの主張は一部当たっているかもしれません。実際、ASD児は十分に愛情を受けていないという報告もあります。ただし、恐らく順序は逆であり、ASDの症状に親が対応しきれていないと言われています。また、教育で説明がつかない症状もあり、現在では脳に多くの原因があるとされています。
診断
ASDはどのように診断されるのでしょうか。広く使われている簡易診断の一つにAQ(Autism Question)があります。ケンブリッジ大学の研究チームが開発したもので、一般にも公開されています。
IQテストも広く使われています。多くのASD者は知能がアンバランスであり、言語性IQと動作性IQが大きく開きます。動作性IQが言語性IQよりも優れている場合が多いようです。
最も重要なのが面接です。主に幼い頃の様子が聞かれます。コミュニケーション手段は豊富であったか。年齢相応の友達がいたか。会話は適切に行えていたか。一つのことに普通ではないくらいに興味を持たなかったか。同じ動きや配列にこだわりはあったか。等です。
ASDは感覚過敏を合併することが多い為、それの検査が実施されます。他の関連症状としては癲癇があげられます。
補助的な診察として、MRIやSPECT、PETが用いられることもあるようですがまだ結果が一致しておらず研究段階と言えます。
治療法
ASDの治療として、薬物療法と認知行動療法がおこなわれています。現段階での薬物療法は対症療法である上、効果も限定的です。また深刻な副作用もあり、実施には慎重さが求められます。
使用される薬の一つに、かつてメジャートランキライザーと呼ばれていた抗精神病薬があります。それに含まれるハロペリドールは社会的ひきこもりに効果があるとされますが、報告にはバラつきがあります。オピオイド受容体拮抗薬であるナルトレキシンはコミュニケーションを促進するとされますが、自傷行為を引き起こすこともあり注意が必要です。
認知行動療法は薬を使わない介入方法です。効果を実感するまで時間がかかりますが、治療効果があるだけでなく再発予防効果も確認されています。治療の目標は、ものの捉え方を変えることです。方法の一つとして劇があります。架空の自分を演じることで、相手の気持ちを第三者目線でとらえることができます。また自分の気持ちを客観的にとらえることにも繋がり、結果として正確な意思伝達のトレーニングとなります。
認知行動療法を応用した技法としてSST(ソーシャル スキル トレーニング)があります。コミュニケーションの方法に主眼を置いたものが多いですね。例えば、会話中に表情のどこを見たら良いのか。であったり、話をどこで区切り、相手の番に回すか。等です。
まとめ
ここまで見てきたとおり、ASDは日常に様々な困難をもたらします。その原因は脳のネットワークであり、性格や養育環境ではありません。治療方法だって開発されてきました。本記事が少しでもASDの理解に繋がれば。。と思います。
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